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シフナー考(前編)

V2.00


■このページでは、ヴィラ・サクソニアの主だったリヒアルト・シフナー(Richard Schüffner)という人物について、私がこれまでに調べて判ったことを書いてみたいと思います。今後の調査の備忘録もかねて、少々些末なことまで記してあります。数少ない情報を想像と推測で膨らました部分もありますが、家族構成については、2014 年秋に、シフナー家と縁続きのドイツ在住、Roderick Hinkel 氏から詳しい情報がもたらされました。

出生から来日まで

■『土地宝典』に「カール・ウヰルヘルム・リチャード・シフナ」と記されているリヒアルト・シフナーの正式な名前は、「Carl Wilhelm Richard Schüffner(カール・ヴィルヘルム・リヒアルト・シフナー)」です。彼は 1866 年1月27日、ドイツ・ザクセン地方のケムニッツ(旧東ドイツ)に生まれました。日本の年号で言うと慶応元年十二月生まれとなり、横浜の山手居留地や根岸の競馬場、あるいは山手から根岸をめぐる居留地外国人のための遊歩道が造られた頃になります。シフナー家は16世紀までさかのぼることができるケムニッツの旧家で、父親は大きな染織工場を経営していました。「ヴィラ・サクソニア」の名前は、故郷の「ザクセン」にちなんでのものであったのでしょう。

■リヒアルトは父親が 65 歳のときに生まれたシフナー家の四男で、地元の商業高校を卒業後、ケムニッツやハンブルクの貿易会社を経て、1888 年(明治 21 年)1 月、21 歳のときにドイツ系商社マイヤー商会(A.Meier & Co.)の社員として来日します。同年 1 月 14 日付けの Japan Weekly Mail に 1 月 8 日横浜着のドイツ汽船 General Werder 号(1820t)の乗船客の 1 人として R.Schüffner の名前が載っています。ちなみに、マイヤー商会は 1872 年(明治 5 年)頃の設立で、シフナーが来日した頃は、山下町居留地 8 番地にオフィスを構えていました。

貿易商としての独立

■来日後、シフナーは山手 26-C 番地(JD1889)、山手 220-C 番地(JD1890)、山手 224-B 番地(JD1895)に居住し、マイヤー商会の社員として 7 年働いた後、1896 年(明治 29 年)、30 歳のころに独立山下居留地 81 番地で商売を始めます。正式な商号かどうかはわかりませんが、当時の横浜の貿易商リストには「R.Schueffner & Co.」、和名では「アール、シフナー商會」と紹介されています。ここでは単に「シフナー商会」としておきます。主な業務は、布織物の輸入でした。ケムニッツにあった父親の染織工場との関係も想起されますが、父親は彼が7歳の頃に既に死去しており、その死後、工場はケムニッツ市の所有に帰したと伝えられています。

■JD には、独立時のシフナー商会の従業員として T. Kameya という日本人名が載っています。明治 26 年刊『横浜貿易捷径』という資料には、シフナーが独立前に籍を置いていたマイヤー商会の繊維関係の輸入担当者として「亀谷太吉」という人物が記載されており、T. Kameya はそれと同一人物と思われます。つまり、シフナーは独立するにあたって、マイヤー商会から亀谷を引き抜いた形です。果たして 2 人がマイヤー商会から円満に退職したのか、それとも相当な確執があったのか気になるところですが、その間の事情を語る資料はありません。

■独立後の商売は順調だったようです。4 年後の 1900 年(明治 33 年)には事務所を山下居留地の中心近くの 25 番地に移し、その間、S. Takenouchi(竹内定太郎)、T.Niino(仁能寅次郎)という 2 人の日本人従業員を雇い入れています。この時期、古巣のマイヤー商会も 1 軒おいた西隣の 24 番地で営業しています。それを承知で移転してきたシフナーには、マイヤー商会に対する対抗意識でもあったのでしょうか。しかし、結果的に、シフナー商会は個人貿易商としての業態以上には拡大しなかったようです。

ここで参考にした主な資料は、居留地時代の横浜における外国人の動向を知るのに不可欠な年鑑『Japan Directory』(横浜中央図書館および横浜開港資料館所蔵のもの。本文中では「JD」または「JDxxxx(xxxx 年版の JD)」と略記)、明治期の日本で刊行された英字新聞『Japan Weekly Mail』(横浜開港資料館監修・所蔵のもの)、昔の横浜の住宅地図である『横浜市土地宝典』(横浜市中央図書館所蔵、大正 5 年 12 月発行のもの。)、外務省外交資料館で公開されている一連の『外務省記録』、ドイツ東洋文化研究協会(OAG)所蔵の Rudolf Schüffner 著『Die Fünfershaft als Grundlage der Staats- und Gemeindeverwaltung und des sozialen Friedens in Japan zur Zeit der Taikwa-Reform und in der Tokugawa-Periode』(1938年刊。本文中では「OAG 資料」と略記)、『横浜中区史』およびその中で引用されている藤村久直著『山手物語』です。そのほか、2010 年秋に横浜開港資料館が開催した「横浜山手 コスモポリタンたちの1世紀」展の展示記念連続講座からも多くの参考情報を得ました。

Schüffner」の読み仮名表記は、「ü」がドイツ語独特の音韻で日本人の耳には前後の音によって「ユ」とも「イ」とも聞こえることもあるため、大変悩ましい問題です。同じ外務省の文献の中でも「シュフナー」「シフネル」「シュフネル」「シュッフネル」とまちまちです。ここでは、大神宮山の風車が『中区史』に残されるきっかけになった故藤村久直氏の「シフーナ」と、土地宝典の「シフナ」を元に、当時の日本人にとって最も自然な聞こえ方だったのではないかという私の独断で「シフナー」としました。

大神宮山への転居と結婚

■事務所の移転と時を同じくして、シフナーは住まいも山手居留地から本牧・北方村(現在は西之谷町)の通称大神宮山(だいじんぐうやま)に移します。あの豪邸「ヴィラ・サクソニア」の所在地です。内地雑居が解禁され、居留地以外での外国人の居住が公認されたのは、前年 1899 年(明治 32 年)7 月のことでした。ヴィラ・サクソニアの建築時期は、この 1900 年から『新線路写真帖』の写真であの瀟洒な姿を確認できる 1911 年(明治 44 年)までの間ということになります。転居の翌年、1901 年(明治 34 年)には、11 歳年下の女性と結婚します。そうした経緯を考えると、内地雑居の解禁以前から大神宮山の土地を実質的に所有していて、解禁を待ちかねたようにヴィラ・サクソニアを建て、新居に花嫁を迎えたのかもしれません。

■シフナーが 1901 年に 35 歳で結婚した相手は、マルガレーテ・エルゼ(Margarete Else)というポルトガル・リスボン生まれの女性で、旧姓ケルナー(Körner)です。結婚した場所は神戸です。ケルナー姓の人物としては、横浜では、シフナーの名が初登場する JD1888 から 2 年間、スイス系貿易会社モルフ商会(H.C. Morf & Co.)に F. ケルナー(F. Körner)という人物がいます。しかし、この人物がエルゼとつながりがあるのかははっきりしません。また、神戸の在留外国人リストをざっと見た限り、ケルナー姓の人物は見当たりませんでした。しかし、シフナーが仕事の関係で神戸との間を行き来した際に、現地でエルゼと知り合ったのではないか想像されます。

■エルゼとの結婚後、シフナー家にはベビー・ラッシュが訪れます。1903 年に長男が生まれ、シフナーは自分と同じリヒアルトという名前を付けます。日露戦争が始まった翌 1904 年(明治 37 年)には次男ルドルフが、さらにその 2 年後には三男のハインリヒが生まれます。また、日露戦争後の 1909 年(明治 42 年)には待望の女の子ヒルデガルトを授かり、最終的にシフナー家は 1916 年までに 4 男 2 女を擁する大家族になります(ヒルデガルトの生年は 1910 年の説もあります)。『新線路写真帖』の遠景にヴィラ・サクソニアが収まった 1911 年(明治 44 年)頃は、おそらくシフナーにとって仕事の面でも私生活の面でも絶好調の時期で、ヴィラ・サクソニアは明るい子供たちの声が飛び交う賑やかな屋敷だったに違いありません。しかし、それも束の間、1914 年(大正 3 年)に勃発した第一次世界大戦によって、一家に暗い影が差してきます。以下、後編に続く...

(2010年 2 月記、2014年12月更新)
「ヴィラ・サクソニア」(横浜開港資料館所蔵 FA120-7-2)

「ヴィラ・サクソニア」
横浜開港資料館所蔵


大神宮山は、現在の本牧通りを挟んで山手の南側に位置する見晴らしのよい丘陵地帯で、当時は眼下に一面の田圃が広がっていましたが、こののち、横浜電気鉄道株式会社による本牧地域の開発と市街電車(のちの横浜市電)の開通により急速に都市化します。少し後のデータになりますが、シフナーはその大神宮山の丘を登りつめた一帯に、宅地と山林、畑を含む約 2000 坪の土地を所有し、そこに木造瓦葺 2 階建て、建坪 60 坪の母屋と、木造スレート葺の屋根の上に風車を載せた 15 坪の風車小屋のほか、大小 6 棟の建物を持っていました


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