80年ぶりに里帰りした横浜震災映像

大桟橋入口 ・・・・ cos020c

「ドック近くの海岸通りの光景」

雑駁な感じの写真ですが、よく見ると興味深いものがいくつか写っています。

まず、場所から確認しましょう。手前に前の「<旭町>通り」のページに書いた市電の線路が見え、中央の左端に崩壊した税関監視部の建物が見られますから、ここは大桟橋の入口付近であることがわかります。


監視部の右側には、これも崩落した神奈川県港務部の建物が写っています。拡大してみると、木?の柵らしいものが見えます。これは震災前の港務部の写真には必ずと言ってよいほど写っています。トラックを使って救援活動が行われているようですが、隣の横浜測候所の所長も、たまたまこのビルを訪れていて圧死しました。


右側に見えるレンガ壁には、英国領事館の写真にも写っている特徴のある窓?があり、位置確認の鍵になります。ジャーディン・マセソン商会の建物だと思うのですが、確証はありません。

電柱に書かれている文字は「クラ?クリーム」と読めます。余談ですが、「中区わが街」という本に載っている懐旧談によると、昭和初期当時の婦人化粧品の主流は「クリーム」で、主なブランドとして「ミソノ」、「クラブ」、「明色」がありました。クラブ化粧品は明治36年創業、現在もクラブコスメチックス社として健在です。




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