山手・畑町の大ブラフ積み |
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■これは、山手東部の丘の上から、千代崎町4丁目〜見晴(みはらし)トンネルの道へ一気に下る急坂に残っている大ブラフ積み擁壁です。このあたりは明治17年から32年まで畑町(はたちょう。「旗町」という表記もある)と呼ばれていました。明治15年(1882年)初夏に、この道を「修築」した記録が残っており、その当時のまま現存していると考えられています。 ■記録によると、この道自体は明治6年に開鑿されましたが「道路添崖風雨等ノ為メ追々欠崩レ」たため、度重なる外国人居留民からの要請により、こうした本格的な擁壁工事が行われました。閑静な場所にひっそりと残っており、あたりの雰囲気も含めて、山手を代表するブラフ積みの1つと言えます。 |
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