山手南坂・ 東側擁壁


2003/Feb
整然とした石積みが2箇所でちぐはぐになっているのがわかります。これは、最初からそう造られることはないでしょうから、最初に築造された後、なんらかの原因で崩れ、それを修理した跡のようです。石の古さから見て、関東大震災の頃か、それ以前にさかのぼるように思えるのですが、すべて取り壊された今となっては、調べようもありません。


2003/Mar

2003/Mar
写真中央で、ほぼ一段分、石積みがずれています。いったい、どういう事件があったのか。上の大谷石の部分は、新しく積み直されたようです。明治20年頃の地図を見ると、この左の方に上へのぼる第三の「南坂」が描かれています。
こちらも真ん中の「継ぎ目」を挟んで、左右ともにきれいなブラフ積みになっていますが、左の写真に比べて、継ぎ目の細工が丁寧です。修理の時期が異なるのでしょうか。


2003/Apr

2003/May

2003/Mar
一番上の写真から、さらに南側を眺めた3枚です。右端の写真では、下部の砂岩がかなり風化しています。中央の写真の、ちょうどコンクリートを打ち付けた壁と石積みの境目、道路が大きく屈曲しているあたりが「第三の南坂」があったあたりですが、その痕跡は皆無です。左端の写真はビア坂への下り口にあたります。このコンクリート壁も、私が小学生時代に見慣れていた古いもので、ほぼ50年前の運動会の写真の背景に小さく写っています。



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