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震災直後の「ヴィラ・サクソニア」

『本牧波瀾の100年』(横浜中図書館発行)

『本牧波瀾の100年』
(横浜中図書館編集・発行)

■横浜中図書館が区制 70 周年を記念して平成9(1997)年に開催した写真展の展示写真が『本牧波瀾の100年』というタイトルで刊行されています。その中の「大正大震災の空中写真」という1枚は、震災直後の北方、根岸、本牧方面を上空から写した大変興味深い俯瞰写真です。

■ヴィラ・サクソニアの風車は震災で倒壊したと言われており、もしやその残骸でも写っていないかと、この写真の現物を横浜市中央図書館で閲覧させてもらいました。

『大正大震災の空中写真』(横浜中央図書館所蔵)

『大正大震災の空中写真』
(横浜中央図書館所蔵)

撮影者も撮影時期も不明というこの写真は、あいにくオリジナルではなく、それを撮影したコピーでした。そのために細部の識別には限界がありましたが、ヴィラ・サクソニアの邸宅をはっきり確認でき、私の知る3枚目のヴィラ・サクソニアの写真となりました。

■それでは、拡大して詳しく見てみましょう。


■下は、写真の主要部に分かりやすいように地区名を埋め込んだものです。

『大正大震災の空中写真』拡大図

『大正大震災の空中写真』
(横浜中央図書館所蔵)について

●この写真は、前述の写真展の際に個人から提供されたもののようですが、オリジナル写真の撮影者や撮影時期が不明という点には、大変興味をそそられます。そこで、この画像を元に、私なりに想像してみました。

●まず、撮影時期については、火災の跡も生々しく写っており、大規模な復旧作業を思わせる光景やバラック建ての仮住宅なども特に見られないので、震災後のかなり早い時期、広い意味で「震災直後」と考えてよいと思います。西之谷などの谷の部分には、崖崩れの跡を思わせる部分も散見されます。

●また、撮影者については、そうした時期にこのような空中写真を撮ることができたという点で、何らかの公の機関の関与が考えられます。具体的に最も考えられるのは、軍関係ではないでしょうか。当時、こうした被害写真は軍事上の機密事項に属するものだったと聞いたこともあります。となると、これは軍から密かに流出した機密写真で、他の資料には見られない珍しい写真であることや、「撮影者も時期も不明」なのは、そうした事情が背景にあるのかもしれません。あくまで私の想像ですが。

●いずれにしても、この写真にはヴィラ・サクソニア以外にも貴重な情報が詰まっていそうです。また発見があったら採り上げてみたいと思っています。

※その後の調べで、この写真は横須賀海軍航空隊が大正12年9月9日に撮影したものと判明しました。海軍省に提出された「極秘」の資料でした。(2012年2月補記)

■画面左の上野町のうち、白っぽく写っている部分と、黒っぽい部分がありますが、震災被害図と照らし合わせると、前者が震災時の火災で焼失した区域、後者は火災を免れた区域と思われます。また、被害図によると、その右側の西之谷町の谷の部分は「倒潰区域」とされていますが、ヴィラ・サクソニアがあった大神宮山の一帯には被害のマークは付いていません。風車小屋が地震で倒壊したとされているので、ヴィラ・サクソニアの邸宅にも被害があったのではないかと思っていたのですが、調査に漏れたのでしょうか。

■ヴィラ・サクソニアの邸宅は、地形との位置関係から、割に簡単に確認できます。黄色の丸で囲んだ建物がそれです。下の方に見える民家と比べると、やはりずいぶん大きな屋敷で、この写真ではタイの寺院のような形にも見え、独特な形が目を引きます。ここに風車も建っていたわけですから、当時は相当目立つ建物だったことでしょう。あるいは山手地区(写真の千代崎町・上野町のさらに左側にあたります)と対向するこの地域で最も有名な西洋館だったのではないでしょうか。


■肝心の風車が確認できるかどうか、写真をさらに拡大してみましょう。

■中央少し上がヴィラ・サクソニアです。その右の黒々としたところは崖で、その下に4つ白い建物が写っています。これらは西之谷の谷にある建物群ということになります。その少し上に、横に細長く白いものが写っています。これは判別不能ですが、ちょっと頭に入れておきましょう。

『大正大震災の空中写真』のヴィラ・サクソニア付近を拡大
■目をヴィラ・サクソニアに戻して、その左下に、屋根が半分白くなったような建物があります。風車小屋はこの位置にあたります。『中区史』にある藤村さんの絵。クリックで拡大『中区史』に故藤村久直さんが描き残した風車小屋は切妻屋根であり、この写真の建物も同じ切妻屋根のように見えます。たぶん、これが風車小屋と考えてよいでしょう。

■そのうえで、さらに拡大してみると...、点線で囲んだ円の中に、風車の矢羽根のように中心から放射状に出た影が写っているようにも見えます。しかし、それにしては建物に比べて大きすぎるようですし、樹木かもしれません。いったい、風車(またはその残骸)はどこへ行ったのでしょう。

■また、風車小屋と思しき建物の右側に建物らしきものは見られません。ここにはいくつか建物があったはずですが、地震の際に崖下へ崩れ落ちたのかもしれません。前述の崖下の細長く白いものはそれらの残骸でしょうか。

ヴィラ・サクソニア付近をさら拡大

■そう考えて、改めてヴィラ・サクソニアの屋敷を見てみると、屋根がひしゃげ落ちている?ように見えなくもありません。それとも単に撮影角度の問題でそう見えるだけなのでしょうか。

■いずれにしても、結論として、この写真から「ヴィラ・サクソニア」が震災時の火災には遭っていないことは確認できますが、震害を受けていたかどうかは判明せず、風車もその残骸も写真からは確認できないということになりそうです。

(2010年6月記)

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